タロットの起源二大説

 

1400年代タロット生成期の年代考察/Dating the 1400’s Tarocchi

 ヴィスコンティ・スフォルツァ・タロットの3つのヴァージョン(※詳細 最古のタロット考)の内、どのデッキが最古なのか?

 これまで見て来た限りでは多くの専門家が、67枚のキャリー・イェール版(CYヴィスコンティ)が最も古いデッキであろうと主張しています。大きな理由として、恋人たちのカードにサボイ家の紋章が見られることを上げており、これがすなわち、ミラノの第三代公爵フィリッポ・マリア・ヴィスコンティの二番目の妻とサボイ・マリアとの1428年の結婚式に由来するものだという説です。

 美術的な観点からは、ブランビラ版について、ある種のぎこちなさ、硬さが指摘されており、ピェールポント・モルガン・ベルガモ版やキャリー・イェール版より完成度が低いと、それゆえに、古いものであるとも、新しいものであるとも主張がなされています。

 すべて仮説であり、そもそも「何のために」創られたものなのかが不明なこれらのタロットです。現時点でこういった諸説を抑えておくことが大事ですよね。

 さて、タロットの歴史は続いていきます。

 フィリッポ・マリア・ヴィスコンティ亡き後、チャンスとばかりにミラノ公国へ侵出をいどんだのが、フェラーラ公爵ボルゾ・デ・エステ。フェラーラ公国を200年以上も統治してきた一族の公爵です。

 エステ公爵は、フィリッポの婿養子であるフランチェスコ・スフォルツァに対して、フランス公国の力を借りて追放する手だてを取りました。以降、幾たびかミラノを攻め落とす作戦が追行されてましたが、エステ公爵の試みが成功することはありませんでした。

 エステ公が骨なし公爵だったわけではありません。彼は民衆を巻き込み不幸の淵に陥れる武力闘争に否定的だったのです。「祈りとまじない」に傾倒する習慣があったことが歴史書には記されています。

 そのエステ公が求めて作らせたと言われているタロット「Tarot De Estensi/Estensi Tarot 」が17枚、フランス国立図書館に保存されています。

 

 

エステンシ・タロット
Tarot De Estensi/Estensi Tarot

フランス国立図書館ガリカ書庫より「神の家/La Maison-Dieu/The House of God」

Title : La Maison-Dieu : [carte à jouer, dessin]
Publication date : 1475-1500
Subject : La Tour de Babel (épisode biblique) — 15e siècle
Subject : Figures allégoriques — 15e siècle
Format : 18,3 x 9,4 cm ark:/12148/btv1b10520262s
Source : Bibliothèque nationale de France, département Estampes et photographie, RESERVE BOITE ECU-KH-24
Relationship : Notice de recueil : http://catalogue.bnf.fr/ark:/12148/cb403537867
Relation : Appartient à : [Recueil. Tarot dit de Charles VI]
Relationship : http://catalogue.bnf.fr/ark:/12148/cb43668041p

 フランス国立図書館では未だに「チャールズⅥ(シャルル6世)のタロット」という不適当なタイトルがつけられています。図書館情報によれば推定作成年代は1475-1500年 

 「各札はテンペラで描かれ、迫力ある勲章の付いた薄い金色の葉で飾られていて、葉の内側は小枝模様の花、その縁の周りはモチーフで飾られています。これは、タロット史上どの分野においても大変価値ある作品です。

 ボルソ公爵を讃え、そして、公爵を全ての敵から守るためにとデザインされたまじない札です。」 (カードメイカー、ロ・スカラベオ社英文解説書の中の記述by Giordano Berti)

 

  これはすでに、エステ公がフェラーラに建造したスキファノイア宮殿の巨大な「月暦の間」(床面積280㎡、天井の高さ7.5m)を埋め尽くしていた寓意画が「まじない」に由来するものだと歴史家が認めていることもあり、おそらく間違いのないことでしょう。「護符やお守り」としての役割を果たす絵札があったわけです。

 現在では、これらはヴィスコンティ版から派生したフェラーラ・ベニス系タロットに属するものと、多くの研究家が着地点にしていますが、やはり一部では疑問の声も上がっています。

 ヴィスコンティ版は、それ以前に描かれたのであろう現存するモデルに頼って描かれたものであると、つまり今となっては消失してしまったにしても、欠損した札がない原版・モデルが存在していたはずであり、その原版はCYヴィスコンティよりもっとさかのぼって古い時期に起こっていたはずだと、そうイタリアの研究家は認識しています。
 

現存しない最古のタロット、チャールズⅥ世のタロット
Tarots de Charles VI

 1400年代、フェラーラではトリオンフィ(Trionfi)と呼ばれた札が作られていました。

 史実として1442年の記録の中に始まり1450年まで、ボルゾ・デ・エステ公の兄、レオナルド・デ・エステ公爵の出納帳で確認されています。以後数年間に多くのトリオンフィの支払いが見られ、それは貴族階級の価値あるデッキだけでないのです。労働者階級のために劣等のトリオンフィを作成した沢山の芸術家がミラノやフェラーラに存在していた形跡があるのです。

 そのひとつが、フェラーラの無名の画家、ジャクリーン・グランゴヌール(Jacquemin Gringonneur)によって描かれた「チャールズⅥ世(フランスの国王シャルル6世)のタロット」です。

 フランスの歴史家コンスタント・レベール(Constant Leber 1780-1859)が、フェラーラの1392年の会計記録(Account book)について「金色や様々な色で描かれた」56枚の札の3つのデッキに対して、ジャクリーン・グランゴヌールに6枚のペルシャ硬貨を支払ったという案件を読み取るに至りました。

 多くを考えずにレベールはこのデッキを、現在パリ国立図書館に保管されている17枚の札と関連させたのでしょう。

 後に多くの専門家たちは詳しい調査を行い、「チャールズⅥ世のタロット」は今日では「エステンシ・タロット(Estensi Tarot)」として明示しています。

 これが比較的新しい展開で、1900年代中盤あたりはまだ、タロットの起源における15世紀の二大説としてイタリアのミラノ説(ヴィスコンティ・タロット)とイタリアのフェラーラ説(エステンシ・タロット)が議論の対象だったのです。

 フランス国王シャルル六世のために描かれたデッキとは、会計記録に登場するのみで、実体のないものいうのが周知の現状ですが、フランス国王が画家にタロットを描かせ、金銭を支払ったことはまぎれもない史実。1392年、それからヴィスコンティ版に至るまでにはもう優に30年以上もの時が過ぎゆこうとしていたわけです。

 

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